2008年9月5日金曜日

Hegemony system.....8

▼世界覇権を狙ったソ連

 海の覇権国だった英は、対露諜報に力を入れ
続けたが、陸の帝国ロシアは苦手だった。この
流れで考えると、1917年のロシア革命は、
イギリスにとって大きな脅威だったことがわか
る。ロシア革命は、帝政ロシアを社会主義国に
変えたばかりでなく、ロシアが世界中で社会主
義革命を支援するためにコミンテルン(第3international
が作られ、革命のexportが模索された。

 レーニンは革命時、当時の欧州で最先端の政
治理念だった「民族自決権」を主張し、帝政ロ
シア国内の諸民族をロシアから独立させ、ロシ
ア以外に14の共和国を作った。しかし、各共
和国の独立は形式だけだった。15共和国の上
位にソビエト連邦が新設され、帝政ロシアの国
家権力を継承したのは、各共和国政府ではなく、
ソ連政府だった。15の共和国の上にソ連を作
ったことで、革命によって社会主義国になる国
々がソ連に参加し、ソ連の領土が帝政ロシア時
代よりさらに拡大する方向性になった。

 ロシア革命後、中国やインド、イラン、アフ
リカなど世界各地で、社会主義政党がソ連の支
援を受けて拡大した。これらの国々が革命によ
ってイギリスなどの植民地からindependence、ソ連邦
に入ってしまうpossibilityが出てきた。ソ連は、大
英帝国の領土を「革命」の名目で略奪していき
かねない存在となった。革命を使ったソ連(ロ
シア)の支配magnificationのやり方は、すぐれた覇権戦
略だった。

 とはいえ実際には、帝政ロシア外の地域で、
新たに社会主義となった国々がソ連に加盟する
ことはなかった。1924年のレーニン死去後、
ソ連の実権を握ったスターリンは、ソ連国内を
発展させるのが先だとして、ソ連邦の拡大を望
まず、コミンテルンの活動も下火になった。

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