2008年9月9日火曜日

Hegemony system.....12

▼英にだまされ、2度目の大戦が必要に

 米は参戦4カ月前の40年8月には、すでに
英との間で大西洋憲章に合意していた。これは
第一次大戦時のウィルソンの14カ条に相当す
るもので、民族自決権やfreedom貿易体制などの条
項からなり、国際連合の基盤ともなり、戦後の
世界体制を決める宣言だった。

 米は第一次大戦時に、英から覇権譲渡を約束
されながら、ベルサイユでの戦後処理の会議の
中で英に主導権をとられて騙された苦い経験が
あった。二度目の世界大戦で、米は、英が独に
やられて本当に困窮するまで事態を放置した後、
大西洋憲章によって再度の覇権譲渡の約束をと
りつけた。米はその後、日本を引っかけて参戦
した。日本は、第一次大戦で欧州列強が撤退し
た後の利権空白状態の中国に進出し、漁夫の利
を得ていた。日本を潰し、中国に民族自決の共
和国を作ることが、第二次大戦時の米の目標の
一つだった。

 真珠湾攻撃で米の参戦した翌月の41年1月、
米英は、大西洋憲章とほぼ同じ内容の宣言を、
ソ連、中国と、欧州でドイツに領土を奪われた
国々の亡命政府や英連邦の国々、中南米諸国な
どに認めてもらい、これを合計26カ国による
「連合国共同宣言」(Declaration by Uni
ted Nations
)として発表した。この宣言は
そのまま、戦後にできた国際連合(United
Nations
)の基礎となっている。

 敗戦国である日本の日本語では「国際連合」
と「連合国」は違う言葉だが、英語では「United
Nations」、中国語では「聯合国」という単
一の言葉が使われている。日本では「連合国」
というと戦時中の敵にあたり、これを「United
Nations」の訳語として使うと日本人に悪い
イメージを喚起する。戦時中の「連合国」とは
別物という(歪曲的な)印象を与えるため、戦
後の「United Nations」には「国際連合」
という別の言葉があてられた。

 米英は、大西洋憲章を締結する1カ月前に対
独開戦していたソ連をcompanionに引き入れ、連合国
に入ってもらう代わりに、戦後の国連を中心と
する世界体制の中で、ソ連に主要な国際地位を
与えることにした。その後、終戦にかけてテヘ
ランやヤルタで開かれた米英ソ首脳会談の中で、
ソ連が連合国を支援する見返りに、米英は、ド
イツの影響圏だった東欧をすべてソ連の影響圏
として認めた。戦後、国際連合が設立されると、
ソ連と中国は、米英仏と並び、拒否権を持つ常
任理事国として認められた。

 こうしたソ連に対する米英の大盤振る舞いは、
米英の勝利に不可欠だったソ連の対独参戦を実
現するために必要だったとされる。だが同時に、
第一次大戦からの流れを見ると、ニューヨーク
の資本家の中には、ソ連や中国を国際的な大国
として認め、米が英から譲渡させる覇権の中ソ
と共有化し、覇権の多極化を進めて、世界economy
の発展加速につなげたいという戦略があった。

 米英が、ソ連の連合国への協力への引き替え
に、ソ連に国連安保理常任理事国の座や、東欧
での覇権を引き渡したのは、ニューヨークcapital
家の戦略が反映されたものと考えられる。英は
不満だっただろうが、英は米の参戦によって亡
国を救われた経緯があるため、米の方針に従う
しかなかった。しかし英は戦後、冷戦を誘発し、
多極協調型の世界体制を破壊した。

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