2008年9月10日水曜日

Hegemony system.....12

▼冷戦の本質

 米政界では、19世紀末に連邦政府の
財政破綻を救済して以来、多極派である
ニューヨーク資本家の影響力は大きかっ
たが、同時期に出現した、親英的な軍事
大国派(セオドア・ルーズベルトら以来
の流れ。第2次大戦後の軍産複合体)も
強く、2度の大戦に対するアメリカの戦
略は、多極派と軍事大国派の両方の意見
をすり合わせて作られた。

 第2次大戦後、国際連盟を中心とする
多極的な世界体制が開始されたが、それ
はすぐに冷戦の米ソ対立にとって代わら
れた。冷戦が始まったきっかけは、46
年3月に英チャーチル首相が訪米中に放
った「鉄のカーテン演説」である。イギ
リスと、米政界の軍事大国派(軍産複合
体)が組んで、英米中心の覇権の維持と、
米ソ対立による準戦時体制の維持、長期
的な軍事費増とマスコミ有事体制を出現
させるために、冷戦が扇動された。冷戦
開始によって、米ソが協調して世界を多
極的に運営するヤルタ体制の構想は破綻
した。

 その後、1960年代にはケネディ大
統領によって冷戦終結の試みが行われた
が、それはケネディ暗殺によって終わっ
た。1970年代にはニクソン・キッシ
ンジャーによって米中・米ソ関係の好転
が企図され、これで冷戦が終わるかに見
えたが、新たにイスラエル右派(197
3年に作られた政党リクード)系の勢力
が米政界に入り込んでソ連の脅威を再扇
動し、軍産複合体の窮地を救い、冷戦は
延命した。続く1980年代、冷戦派の
大統領としてレーガンが登場したが、政
権内に多極主義者が入り込んでいたよう
で、政権末期にかけてレーガンは方針転
換し、ソ連のゴルバチョフと和解し、冷
戦を終わらせた。

 アメリカはユーラシアとは別の大陸に
存在する国なので、米中心の世界体制(覇
権体制)を考える場合、ロシア(ソ連)
を「世界運営の伴侶」「ユーラシアのこ
とは、ある程度、ロシア、欧州、中国に
任せる」と考えるのが、地政学的に自然
である。しかし現実は、歴史的にも、現
状的にも、そうなっていない。冷戦中は、
共産主義を危険視するイデオロギー的な
対立があるがゆえに、米は反ソ連・反中
国の戦略を取らざるを得ないのだという
説明が定着していた。だが、ソ連が崩壊
し、ロシアも中国も共産主義を信奉しな
くなっても、まだ米には、根強い反ロシ
ア・反中国の戦略がある。特に、軍事産
業と結託する右派に、その傾向が強い。

 また、もし米がロシア(ソ連)と協調
する覇権体制を組んだら、欧州における
ロシアの影響力が強まり、相対的にイギ
リスの影響力が落ちる。反ロシアの戦略
は、英の国益に沿っている。これらを総
合すると、米の反露・反中の冷戦的戦略
は、軍産複合体と英が結束し、米のマス
コミを有事的プロパガンダ装置に変身さ
せて持続してきたものであり、その構図
は冷戦後も存在していると考えられる。

 とはいえ、今回のグルジア戦争をきっ
かけにした米露対立は、意味が違う。今
の米露対立は、米が国際政治的に非常に
弱くなり、イランやアフガンでロシアの
助けが必要になった後になって、サーカ
シビリを支援する米の側から開始されて
いる。この「新冷戦」は、わざわざ米が
不利になった情勢下で開始されており、
イラク侵攻と同様、冷戦型の戦略を過剰
にやってわざと自滅する、隠れ多極主義
の戦略に見える。

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