『医学論文で研究倫理に関する虚偽記載をしていた東京大学
医科学研究所の某教授が今年2月にも、大学院生の博士論文
に同じような虚偽内容を書き加えていたことが分かった。こ
の論文に研究倫理にかかわる記載がないことを疑問視する動
きが学内にあることを知った教授が、問題を取り繕うために
加筆したとみられる。
論文は、白血病患者の検体の遺伝情報を解析し、考察した
もの。しかし、研究に使った検体提供者の同意や倫理審査委
員会にかかわる記述がなかった。このため、大学側は1月末
の論文審査の際、事実を確認したうえで記載するよう指示し
た。
これを受け、東條教授は論文の「検体」の項目に、「本研
究で使用した患者検体(骨髄または末梢(まっしょう)血)
は、医科研の倫理審査委員会より承認を得た研究計画書にし
たがって、その使用目的を説明したうえで、書面にて同意を
取得可能であった症例から採取した」と加筆した。
しかし、朝日新聞の取材を受けて医科研が調べた結果、研
究は倫理委にかけられておらず、使用した可能性のある検体
(医科研付属病院で二十数人から採取)すべてで同意を得ら
れていなかった。論文審査は中断している。
この研究は「臨床研究に関する倫理指針」(倫理委の承認
や文書による患者同意の必要性)に違反する。東條教授は「
古い検体に文書による同意がないことはわかっており、悪い
と思った。(倫理委は)以前の申請でカバーできると思って
いたが、逸脱したところもあった」と話している。』
という記事を見付けたが、とにかく一昔前には、何でもあっ
た訳だが、今の時代は透明性を絶対とする得体の知れない絶
対的行為が全てであるようだ。逆に言えは、それだけ資質が
低くなって来ており、money重視の時代であると言えるのだ。
であるのだ。

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