2008年9月13日土曜日

The war and peace of Israel

 1967年6月に起きた第3次中東戦争(六日戦争)は、
画期的な戦争だった。イスラエルが、エジプト、ヨルダン、
シリアの3カ国に先制攻撃をしかけ、わずか6日間の戦争
で、エジプトからガザとシナイ半島を、ヨルダンからヨル
ダン川西岸地域を、シリアからゴラン高原を奪取し、現在
まで続く占領体制の始まりとなった。

 イスラエルはこの戦争まで、1947年に国連が決議し
たパレスチナ分割案のイスラエル側の地域に限定して統治
していた。しかし、この戦争でイスラエルは従来の戦略を
打破し、アラブの土地を奪取していく拡張戦略に転換した
と考えられている。

 しかし実は、六日戦争当時にイスラエル政府が考えてい
たことは、それとは全く逆の戦略だったかもしれない。イ
スラエルの元大統領であるハイム・ヘルツォーク(Chaim
Herzog)は、1989年に出版した回顧録の中で、六日
戦争の停戦からわずか10日後の67年6月19日に、イ
スラエル政府は、戦争相手だったエジプト・シリアとの平
和条約を結ぶことができた場合、戦争によって両国から奪
取占領したシナイ半島とゴラン高原を返還するという決議
を、秘密裏に閣議決定したと書いている。

 六日戦争を起こしたのはイスラエルである。開戦した理
由はアラブ側との対立の積み重ねであり、決定的な事由が
ない。しかも、停戦直後に、早々とエジプト・シリアとの
和平を前提に、占領地の返還を秘密閣議決定していたとな
れば、イスラエルは、最初からエジプト・シリアと和平す
る目的で、和平材料として占領地を獲得するために先制攻
撃の短期戦を起こした疑いが強い。・・・本当に凄いこと
です。

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